自己株式の処分
2022/2/03 木曜日
増資のことを旧商法では新株発行といっていたが、会社法上では募集株式の発行という。
出資者に対してその対価、株主としての証として株式を発行するということだ。現在は株式は不発行が原則なので、実際は株券などの紙の証券が印刷されることは少ないだろう。
印刷物がないのに「発行」と表現することにはやや違和感があるが、本頁ではこれ以上は立ち入らない。
会社に対してお金を払うと会社が株式を新たに造ってそれを売ってくれる、と考えるといいかもしれない。会社の計算という分野ではこの考え方だと理解しやすい。
出資を受けて株式が発行されると、会社の資本金の額と発行済株式総数が増加する。これが通常である。
これは新たに株式を発行する場合である。しかし、出資に対して株主に渡す株式を発行会社が既に保有している株式を渡すこともできる。会社が何らかの理由で自社の株式を保有している場合には新しく株式を発行する必要はなく、既に発行されている株式を渡すこともできるのだ。これを自己株式の処分という。出資者から見れば出資の対価として受け取る株式が新品か中古品なのかの違いでしかなく、新品であろうと中古品であろうと株式としての内容に変わりはないので問題ない。
かつては会社が自社の株式を保有することは原則として禁止されていたのだが、平成13年の商法改正で取得が可能となっている。資金に余裕がある会社が自社株を買い集めておき、市場での取引量を少なくすれば株価が安定し、上昇するだろうし、敵対的買収を防げるかもしれない。
ただし、株式の内容や権利は会社に対するものであるから、会社が自社株を保有していても配当を受けることや株主総会で議決権を行使することはできないとされている。貸借対照表上は純資産の部にマイナス計上されるので、自社株(ここからは「自己株式」という)を保有していると、その取得価格(自己株式を取得したときの価格)の分だけ純資産の額が下がってしまう。理論上は大量に保有していると欠損が生じることになる。欠損は貸借対照表の見た目が悪いのであまり好ましくないのだが、欠損の理由が自己株式保有であれば致し方ないかもしれない。
このように自己株式保有のメリットは上記の株価安定や敵対的買収の防止が期待できるかもしれないという程度しかなく、ほとんどないと言われている。
会社法上は自己株式を取得する(または取得せざるを得ない)機会は結構たくさんある。
中小企業でも会社運営上の理由から自己株式を取得することはあるだろう。
中小企業の自己株式取得の機会はいずれ別の機会で触れたい。
中小企業では自己株式保有のメリットはほぼない。早急に解消したいところだ。
そんな百害あって一利なしの自己株式の使い方が、増資の際に株主に渡すという方法だ。
実はこの方法はなかなかイケてる。
株式が発行されるときには出資があるので、資本金が増える。株式の発行(新株を出資者に渡す)=資本金増加ということである。これがポイントだ。
増資の際に出資を受けて、新たに株式を発行するのではなく自己株式を渡す(新品ではなく中古品を渡す)と株式を発行しているのではないから資本金は増えない。出資者からすればもらうものは新品でも中古品でもどちらでもいいのだ。電化製品とは違うのだ。
これ故に増資のことを正確には募集株式の発行「等」という。新たに発行する場合と既存のモノを使い回すという2つの意味がある。前者を新株の「発行」といい、後者を自己株式の「処分」といい、両者を合わせて発行「等」としている。どちらも同じような効果なので会社法施行時に整理されたのだ。
なぜ自己株式を交付すると資本金は増えないのか?これは簡単な話である。時系列で考えてみよう。
かつて増資を行った際に株式を新たに発行したので、これを出資者に渡し、資本金は増えた。この株式が紆余曲折を経て会社のモノになった。(自己株式となった)そして次の増資の際には新たに株式を発行するのではなく自己株式を渡した、というのがいままで述べてきた自己株式の処分である。
今回出資者に渡された株式は発行された段階で資本金が増えているので、これが再び別の出資者に渡されても資本金は増えない。要するに株式の発行=資本金増加という関係は既になされているので、中古品として再び出回っても再び資本金が増えることはないということだ。株式が生まれたとき(発行されたとき)に資本金が増加するということだ。
しかし出資は行われているのだから、会社にお金が入ってきたことは事実だ。それではこのお金はどうなるのか?
これはその他資本剰余金に計上される。以前紹介した資本三兄弟のうち、最も資本的拘束力が弱い項目だ。拘束力が弱いので株主総会の決議のみで株主への配当、自己株式の買取資金、損失処理に充てることができる。ちなみに資本金と資本準備金でこれらのことをやろうとすれば株主総会の決議に加え、債権者保護手続が必要となる。費用も時間もかかるのだ。
しかしその他資本剰余金は事後的に資本金に組み入れることもできる。損失処理にも使える。配当に回すことだってできる。つまりその他資本剰余金に計上されると会社にとって自由度の高い資本政策が可能となる。
出資金を資本金に計上する場合とその他資本剰余金に計上される場合を比較すると、株主・会社経営者にとっては後者の方が有利である。会社債権者にとっては前者の方がいいかもしれないが。
クドいようだが、出資者に新株ではなく自己株式を渡すと出資金は資本金ではなくその他資本剰余金に計上されるのだが、その他資本剰余金は登記事項ではないので登記申請の必要がない。
また、あらたに株式を発行していない(以前発行した株式が回り回って会社に戻ってきただけ)ので、発行済株式総数も増加しない。というか変化しない。つまり登記申請の必要がない。当然登録免許税も納付する必要はない。自己株式を交付したか否かは登記事項ではないのだ。
増資があると「資本金の額」と「発行済株式総数」がそれぞれ増加するので、その旨の登記申請が必要となる。登録免許税は増加した資本金の0.7%なので、数ある商業登記申請のなかでも結構高額だ。実際は出資額の半分までは資本準備金に計上できるので0.7×0.5=0.35%まで下げることができるが。
しかし、新株ではなく自己株式を用いれば「資本金の額」と「発行済株式総数」は変化しないので一切登記申請の必要がないので、登録免許税を負担する必要もない。募集株式の発行等を行った事実が登記記録には一切表れてこない。上場企業などではそこそこ行われているようだ。
自己株式は「百害あって一利なし」とはしたが、増資の際には便利なモノだ。自己株式は使い道がなければ消却という手段もあるが、出資者に出資の対価として交付するということを検討してもいいのではないだろうか。

