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先例・通達をぶった斬る!1 令和3年4月19日民二第744号 配偶者居住権

2022/11/26 土曜日

この頁では新企画として「先例・通達をぶった切る!」を立ち上げる。
登記実務は法令や規則に基づき申請手続が進められるのだが、これらの法令や規則だけではどのように申請手続を行えばいいのか分からないときがある。このようなときには登記事務を司る法務局やその親玉である法務省から「こういった場合はこのように処理をせよ」といった指示が各地域の登記官になされる。そして以後は同種の事案では同様な処理が求められる。裁判でいう判例のようなものだ。先例と通達の違いはザックリいえば先例は個々の申請で処理に困った登記官が法務局や法務省にお伺いを立てたものの回答であり、通達は新しい法令が施行される際の細かい手続などを各登記官に予め示しておくというものだ。

個々の事案が特殊なこともあるのか、これら登記先例や通達はときとして何を言っているのか分からないものもある。
このコーナーではそれら意味不明ともいえる先例・通達を紹介し、独自の分析を行い、今後の適用場面などを想定することを趣旨とする。
当ホームページでは数次相続の頁で既にいくつかの先例を紹介・分析しているので、これらもご覧いただきたい。

記念すべき第1発目は最近のものである。令和3年4月19日民二第744号である。
これは配偶者居住権の登記に関するものである。

配偶者居住権については、色々な人たちが解説しているのでそちらを参考にしてほしい。
配偶者居住権を設定するためには、その前提として相続人や受遺者へ所有権移転登記をしなければならない。また、配偶者居住権を設定するためには遺産分割協議で設定するか、遺言により設定する。これらが遺言でなされたときに起きる問題が本先例の前提である。

ご承知のとおり民法改正により、相続させる遺言といわれている遺言は特定財産承継遺言と定義されたが、従前からの登記実務には大きな変更はない。即ち、「相続人Aに甲不動産を相続させる。」とある遺言により相続人Aは単独で相続を登記原因とした所有権移転登記ができる。相続させる遺言は遺産分割の指定であると解され、これにより遺産分割が遺言の効力発生時(遺言者=被相続人の死亡時)に完結したことになる、という理屈だ。業界では超有名な香川判決(最判平3年4月19日)の帰結だ。この香川判決自体には批判的な論調もあるだろうが、実務はこれで定着している。

長々と書いたが、相続させる旨の遺言であれば受益相続人は単独でその旨の登記申請が可能であり、他の相続人の同意や協力等の関与は不要である。これが前提である。
遺言により、相続人Aに対して甲不動産を承継させたい場合は遺贈するか相続させる遺言による。遺言に甲不動産をAに「遺贈する」とするか「相続させる」とするのかの違いであるが、これが登記手続では大きな違いが出てくる。

 先に述べたように相続させる遺言はAのみの申請で所有権移転登記が可能である。他の相続人や遺言執行者の関与は不要だ。もっとも民法改正により遺言執行者が申請することもできるようになったが、このことは本先例とはあまり関係ない。相続登記そのものなので登記識別情報は不要だ。当たり前だが相続人ではない者に「相続させる」とすることはできない。この場合は遺言自体が無効とも解することもできそうだが、遺贈と解して有効な遺言と扱われることもあるようだ。

 一方で遺贈の場合は、共同申請だ。相続人Aと他の相続人または遺言執行者との共同申請だ。遺言執行者がいなければ、他の相続人全員との申請とするのだが、通常こんな場合は他の相続人の協力が得られないことが多いので、事前または事後に遺言執行者を選任することが多いであろう。共同申請であるので申請には登記識別情報も必要だ。遺言執行者の報酬も発生するだろう。

整理すると、相続させる遺言は受益相続人(相続人Aのこと)の単独で申請可能であり、登記識別情報も不要。遺贈であれば受益相続人と他の相続人または遺言執行者(場合によっては選任して、報酬を支払う必要あり)との共同申請であり、登記識別情報も必要となる。添付書類は登記識別情報の要否以外はほとんど同じである。登録免許税もこの場合は同じとすることができる。

こうやって見てみると特定の相続人にとある不動産を承継させたい場合は「相続させる」旨のほうが優れているように思える。しかしこれには大きな落とし穴がある。これが「香川判決の闇」と私が勝手に名付けているものである。
相続させる遺言は遺産分割の指定であり、即完結するという点が問題なのである。遺言に「Aに対して甲不動産を相続させる」と書かれているAは遺言者の死亡と同時に有無を言わさず甲不動産を取得する。これが時としてとんでもないことになる。次のような場合で考えてみる。
「Aに対して甲不動産と預金を相続させる」「Bに対して乙不動産を相続させる」という遺言がある。この場合は相続人Aは甲不動産と預金を取得したこととなるが、実はこの甲不動産というのが山林などの利用価値や売却価値がほとんどなく、管理に多額の費用がかかる物件であった。
普通に考えればこんな物件はいらない。いわば「クソ物件」である。
しかし、相続させる遺言により相続人Aはこのクソ物件を問答無用で取得させられてしまう。クソ物件を押し付けられたようなものだ。これを逃れるためにはAは相続放棄をしなければならない。しかし相続放棄をしてしまうと預金も相続できなくなってしまう。クソ物件だけ放棄、ということはできない。オールオアナッシングだ。Bが取得する乙物件の価値や預金の価値などを勘案して「預金をあげるのだからクソ物件も引き受けてね♪」というのが遺言者の意思であるかもしれないし、各遺産の価値にバランスがとれていれば「まぁ、しょうがないか」となるかもしれない。しかし常にそうなるとは限らない。
相続させる遺言はクソ物件を押し付けてしまうという側面もある。これが相続させる遺言の問題点=香川判決の闇だ。

一方で、遺贈であれば個別に放棄することができると解されているので、「相続人Aに対して甲不動産を遺贈する」「相続人Bに対して乙不動産を遺贈する」「相続人Aに対して預金を遺贈する」とあれば、Aは甲不動産の遺贈を放棄しつつ、預金の遺贈を受け入れるということが可能だ。当然甲不動産の遺贈を受け入れることも可能だ。この場合は登記申請手続が相続させる遺言の場合と比べてチョット面倒くさいことにはなるが。

よって、相続させる遺言は登記申請手続は簡易だが、個別に放棄するしないの自由がない。遺贈は登記申請手続がチョット面倒だが、個別に放棄するしないの自由がある。相続人の自由意思を尊重するのであれば、遺贈とするほうがいいかもしれない。

よって最近では相続人に対してでも「遺贈する」という遺言が増えているとかいないとか・・・。

しかし、配偶者居住権では事情が異なる。
配偶者居住権は遺産分割か遺贈でしか取得できないのだ。民法1028条だ。遺産分割による取得は本頁の趣旨から外れるのでこれ以上は触れない。つまり「配偶者Aに配偶者居住権を遺贈する」という遺言はOKだが、「配偶者Aに配偶者居住権を相続させる」という遺言ではダメなのだ。この理由はさておき、そういった条文の規定であれば、素直に「配偶者Aに配偶者居住権を遺贈する」とすればいいのだが、「相続させる」とした場合は配偶者居住権の取得はできないこととなる。
しかし、それではチョット厳しい結果となる。遺言者の無知などが原因なのかもしれないが、「遺言は文言に拘泥せずに、なるべく遺言者の意思を尊重して解釈すべし」ということが確定的な見解である。

相続させる遺言と遺贈とでは手続や放棄の有無について違いがあるが、こと配偶者居住権となれば取得できるできないの違いとなり、これはおおごとである。前者では配偶者居住権は成立しないのだから。
「配偶者居住権を相続させる」とある遺言を「配偶者居住権を遺贈する」と読むことはできないだろうかということだ。
「配偶者居住権に関する遺言は何とかして遺贈として扱おう」というときに起きる別の問題についての方向性を示したのが本先例であろう。

ところで、「相続させる」ではなく「遺贈」と解すべきとはどのような場合であろうか。
一例としては「配偶者居住権を与える」という記載ぶりの遺言などがこれに該当するだろう。遺言者の意思は自分の死後に配偶者が安定して居住できるように配偶者居住権を設定するのだろうから、遺言者としては配偶者へ配偶者居住権を与えたいと考えているのだろう。「相続させる」なのか「遺贈」なのかはあまり拘っていないハズである。そうであるから、何とか配偶者居住権を取得させるように読むべきである。この遺言書は「配偶者居住権を遺贈する」と読むべきなのだ。

ちなみに、「相続させる」なのか「遺贈」なのかはハッキリと記載していればともかく、単に「与える」とか「譲る」などの表現にしてしまうと「相続させる」なのか「遺贈」なのかの区別は難しいので、登記申請前に登記所に判定してもらうことが多いそうだ。

配偶者Aには配偶者居住権を取得させ、子Bには当該不動産の所有権を取得させたい場合には、「Aに配偶者居住権を取得させ、Bに不動産を取得させる」と遺言することがある。
配偶者居住権は所有権の相続や遺贈がセット・前提となるから、所有権についても言及する遺言が多いだろう。
配偶者居住権を取得させるようにで読むのであれば、「Aに配偶者居住権を遺贈する」と読むべきなのだろう。問題は所有権である。配偶者居住権を遺贈として扱うのであれば、同じような記載ぶりの所有権についても遺贈として扱うべきなのだろうか。これこそが本先例の核心である。

「相続させる」と「遺贈」の違いは先に述べたとおりである。どちらも一長一短といいたところだが、今回の配偶者居住権の対象となった不動産がクソ物件ではない場合(配偶者居住権を取得させるくらいなのでクソ物件ではないだろう)には、「相続させる」のほうが有利だ。「Aに配偶者居住権を取得させ、Bに不動産を取得させる」という1つの遺言の記載について、配偶者Aは「遺贈」と解したいが、相続人Bは「相続させる」と解したいのだ。
しかし配偶者居住権を成立させるためには、この遺言を遺贈としなければならない。これに引っ張られて所有権移転登記も遺贈を登記原因としなければならないのだろうか。

これについての回答が本先例である。
本先例によれば配偶者居住権については「遺贈」を登記原因としても、所有権移転については「相続」でOKとしているのだ。
これは、「1つの遺言の記載でも申請人ごとに自己に都合のよい解釈をしてもいいぞ!」ということだ。

さきにあげた香川判決もその闇の部分を意識していたのか、「相続させる」旨の遺言でもこれを「遺贈」と解する余地がないわけではないとしており、本先例は「遺贈」っぽい旨の遺言でもこれを「相続させる」と解することがあるということを前提にしており、このような場合には申請人ごとに自己に都合のよい解釈が許されるとしている。

遺言は厳格な形式行為とされているが、その制度趣旨は遺言者の最後の意思の実現であるのだから、なるべくこれを実現するように解釈すべし、という確定的な見解にも沿う。

ここからは考えすぎかもしれないが、なるべく遺言を有効と解する流れを一層強くし、遺言の利用を促そうとしているのかもしれない。法務省は相続登記推進キャンペーンをぶち上げており、遺言書保管法を制定している。このキャンペーンに水を差すことのないように配慮したのが本先例なのかもしれない。余談だが、相続登記推進キャンペーンは暴走してついには相続登記義務化へと行き着いてしまった。この相続登記義務化については近いうちに紹介したい。

これで第1回目の「先例・通達をぶった斬る!」を終える。どうであっただろうか。見事にぶった切ることはできたであろうか。今後も新旧様々な先例・通達を斬っていく予定であるので楽しみに待っていてほしい。

先例・通達のみならず、司法書士試験受験生向けの判例解説なども企画しているので、これも楽しみに待ってほしい。
リクエストがあればこれに応えることもできるよ!!