予選 ビッグモーター事件2
2023/8/10 木曜日
前回からの続き
代表取締役の予選について次の具体例で考えてみる。
取締役は美具茂太、A、Bの3名の設置会社であり、代表取締役は美具茂太である。
令和5年6月の定時株主総会で3名全員の任期が満了するが、3名とも重任の予定である。株主総会は6月30日(金)に開催予定である。7月からの代表取締役は美具茂太からAに交替する予定である。大企業の完全子会社などでは一種の人事異動であり、よくよくあることだろう。本来であれば、6月30日の株主総会後に美具茂太、A、Bの3名で取締役会を開催してAを代表取締役に選定する決議をすることとなる。
ところがこの日に取締役の一部の者は出張等により不在となっているので、取締役会を開催することができない。しかも翌日、翌々日は休日なので取締役会を開催することができない。取締役会を実際に開催できるのは7月3日以降である。代表取締役の不在という空白期間が生じてしまう。これはアカンので代表取締役の予選という方法を採る。
具体的には6月30日よりも前の例えば6月29日に取締役会を開催して6月30日に3名の取締役が重任されることを前提に7月1日付でAを代表取締役に選定(予選)しておく。これにより7月1日からAが代表取締役となることで空白期間を短くすることができる。
取締役会は構成員が多ければ多いほど開催が難しくなるし、また代表取締役不在な期間を極力短期間としたいところである。予選の合理性は十分にあるといえる。重任後すぐに取締役会を開催することが困難な場合は予選の他には決議省略(会社法第370条)でもいいだろう。重任後すぐに同意ができるように事前に準備しておくのだろう。リモート開催でもいいだろう。
取締役の数が少ない場合には予選よりも決議省略のほうがいいかもしれないが、本頁のテーマは予選なのでこれ以上は言及しない。
代表取締役の予選でも合理性は必要であろう。まぁ、代表取締役を予選すること自体必要に駆られているのだからよほどの事情でもない限り合理性は否定されないだろう。取締役の予選とは異なり何が何でも法務局にネゴっておく必要はないと思う。ただし取締役会は3ヶ月に一度は開催しなければならないと解されている(会社法第363条2項)ことから、3ヶ月を超える期間の予選は合理性なしと判断されるかもしれない。
代表取締役の予選は便利だが、この方法が採れない場合がある。予選の前後を通じて取締役に変動がないことが必要とされている。次の例で考えてみる。
取締役ABCD、代表取締役Aの取締役会設置会社において、3月31日付けでAが辞任するので4月1日付けでBを代表取締役に予選し、3月29日に臨時株主総会を開催し、Eを4月1日付けでAの後任として取締役に選任した。この場合の予選時の取締役はA、B、C、Dであり、予選の効力発生時はB、C、D、Eであり、構成メンバーが相違している。
代表取締役の予選の可否については、「次期代表取締役の選定権限がない次期取締役候補が予選しているが、現任の取締役全員が次期株主総会で重任される見込みの場合、改選される前に改選後の代表取締役を予選しておくことは差し支えなく(実務相談株式会社3 553頁)、現任取締役の全員が株主総会で選任されることを条件に次期代表取締役の選任決議をするもの(旬刊商事法務1296号 42頁)であるから、要するに代表取締役の予選は改選の前後を通じて取締役に変動がなく、かつ予選の時期と代表取締役の退任の時期との間が合理的な期間であれば差し支えないと解される」と説明される。
この見解の「予選の前後を通じて取締役に変動がなく」が根拠となっている。
予選の前後に株主総会がある場合(ほとんどの場合がコレだろうが)には要注意である。
では、何故予選の前後を通じて取締役に変動があってはならないのだろうか。
おそらく根拠となっているのは、会社法第362条3項の「取締役の中から」であろう。しかしコレは代表取締役の被選任資格を定めたにすぎないと解すべきであろうから、取締役に変動があってはイカンという見解には批判が多い。新たに選任された取締役の代表取締役選定の機会を奪うべきではないとしたいところなんだろうが、仮に7月1日の取締役会で取締役A、B、Cの3名で代表取締役をAとする決議を行い、翌年6月の定時株主総会でDを増員として選任した場合にDの代表取締役選定の機会を奪うべきではないとして昨年7月の取締役会でのAを選定した決議が無効となるはずがない。状況はとてもよく似ている。予選の場合のみ取締役会決議が無効となるのはオカシイ。
さらには予選後効力発生までの間に取締役の1名が死亡してしまった場合は、不可抗力・予測不能な事態により予選の効力が失われるということになり、この場合は取締役が死亡しなければ有効、死亡したら無効ということになってしまう。
予選の前後を通じて取締役に変動がないというのは株主総会を挟まない場合又は株主総会で取締役を追加することなく全員重任という場合である。おそらく代表取締役の予選の実例はほとんど後者であろう。事実上全員重任の場合のみ代表取締役の予選は可能ということである。
予選を広く認めてしまうと予選時の取締役はA、B、Cであるところ、効力発生時はD、E、Fで、代表取締役はDということも可能となる。取締役ですらない者を代表取締役に予選することができるのかという問題もあるが、これでは取締役が代表取締役を選定するという本質を見失いかねない。なので予選前後の取締役の変動を問題視することも理解できなくもない。
そこで、予選前の取締役が予選の効力発生後にも残っていて、それが予選時の過半数を超えていれば取締役に多少の変動があっても効力を否定する必要はないと考えるべきではないだろうか。
まぁ、それでも実務では少しでも変動即ち予選前後で顔ぶれが変わることがあってはイカン、としているが、途中で死亡してしまった例としてあげたような予選時(3月25日)の取締役はA、B、C、Dで予選効力発生時(4月1日)の取締役はA、B、C(Dは3月31日退任)というケースは明らかではないものの、否定的な見解が多いようだが法務局ごとに見解が分かれているようなので、事前に相談しておけばワンチャンあるかもしれない。
この問題を回避するために、代表取締役を株主総会で選定するという手法がとられているようだ。
非設置会社では株主総会で代表取締役を選定するということは何らの問題はなく、設置会社でも定款で定めることにより可能となる。設置会社での具体例はこんな感じ。
現在の取締役はA、B、Cの3名で代表取締役はAであるところ、4月1日からは取締役はD、E、Fの3名とし、代表取締役はDとする。株主総会は3月31日である。4月1日以降D、E、Fが揃って取締役を開催するためのスケジュールがなかなか合わない。そこで3月31日の株主総会で次のように決議する。
1号議案 定款変更
1.会社法第295条2項に従い、●年3月31日付の当会社の代表取締役の選定は株主総会で定めることができるものとする。
2.本附則は、以上の登記が完了したとき、将来に向けて削除される。
本則に枝番号を付してもいいし、記載例のように附則に定めつつ、なおかつ2号のような自動消滅規定を設けてもいい。個人的には過去の変更の経緯を残すという観点からは自動消滅規定については消極的であるが。
2号議案 取締役の選任
4月1日付でD、E、Fの3名を選任
3号議案 代表取締役の選定(予選)
前号議案の可決を受けて、●年4月1日付で取締役Dを代表取締役に選定する
取締役会での予選とは異なり、株主総会決議の場合は株主が代表取締役を選定することになるから、株主総会において取締役を予選したうえで、同じく株主総会においてその予選の効力が生じることを条件として当該取締役を代表取締役に選定(予選)することが、取締役の中から代表取締役を選定するという362条3項やその他の法令、株式会社の本質に反するものとはいえないとされている。(塚本英巨「定款の定めに基づく株主総会の決議による代表取締役の選定(旬刊商事法務2211号)」
まだ取締役になっていない者を代表取締役に選定することができるのかという疑問もあるが、4月1日にDが取締役になることを条件とした株主総会の選定決議のため問題なしと解されている。
この手法は非取締役会設置会社が取締役会設置会社に移行する際に定款の附則で取締役会設置後の新取締役E、新代表取締役Eと定めた場合と同様である。
取締役会での選定の際にそれが問題となるのは、まだ取締役になっていないDが自身の選定に参加することができず、議決権を行使することができないからであり、株主総会での選定決議にはこのような問題は生じない(平成27年施行改正会社法と商業登記の最新実務論点 195頁)とある。
この方法であれば予選前後に取締役に変動があっても代表取締役の予選ができるし、さらには商業登記規則61条6項ただし書きの適用があり、株主総会議事録に出席取締役全員の印鑑証明書添付の省略もできる。
なので、大企業の完全子会社などであれば株主総会の開催は招集手続の省略などにより簡単に開催できるので、こういった会社でこの方法がもてはやされているようだ。
株主総会はすぐに開催することまたは開催のハードルが低いが、取締役会はすぐには開催できない、というような状況の会社では有用である。
ところで株主総会での予選について気になる記述を見つけた。
「予選をした臨時株主総会から定時株主総会までの間に株主に変動がある場合には、当該予選は無効となる」というものと「予選決議は、前任者の任期満了までの期間が比較的短く、予選につき合理的な理由があり、かつ、その期間中に株主の権利に著しい変化がないような場合には有効であると解される」前者はリアリスティックという有名な司法書士試験用のテキストの記述である。後者は「株式会社の登記全実務 689頁」に記述されている。
前者の「株主の変動」とは何を意味するのか。株主がAからBへと変更することであろうか。非上場企業であればまだしも、上場企業では日々株式の取引がなされている。日々株主は変動している。株主総会での予選から効力発生時までに株主に変動があってはイカンというのであれば、上場企業では予選などの条件・期限付の決議は絶望的である。そもそもこういったことに対応するために基準日というものがある。リアリスティックが言っているのは、増資のことであろう。(同書の説例がそのように説明している)
予選後効力発生時までに、増資により株主が増えてしまった場合を指すのであろう。
確かに大口の出資により会社支配権を取得したと思っていたところ、色々な事項が期限付ですでに決議されていたということでは出資の意味がなくなってしまう。
事前に予選などの条件・期限付の決議がなされていることを伝えておけばいいかもしれないが、制度上の義務ではないだろう。
「増資」としているが、新たに株主が増えるという点では新株発行のみならず自己株式の処分も含まれるだろう。それじゃあ、滅多にお目にかからない株主割当だったら無問題なのか?新株予約権の行使があった場合は?などなどいろいろな疑問がわいてくるが、時間があれば検証してみたい。
ところで増資がなされたという事実を登記記録から読み取ることはとても難しい。自己株式の処分は一切登記記録には現れないし、発行済株式総数と資本金の額が同日付で増加していても、新株発行がなされたとは断言できない。株式分割と剰余金の資本組入れをしているかもしれないのだから。(まぁ、株式分割と資本組入れを同時に行うということは滅多にないと思うが)
なので、予選などの条件・期限付の決議から効力発生までの間に増資があると効力は発生せず、その旨の登記申請も受理されないはずだが、登記官には増資があったことは分からないのでそのままスルーされて受理されてしまうだろう。実務家としては要注意だ。
「株主の権利に著しい変化」ということが何を指すのかは詳しい記述はないが、おそらくは増資のことであろう。
以上のとおり、代表取締役の予選は需要がある一方で、構成員に変動があるとできない場合があるのだが、このような場合には株主総会で選定するという方法で対策がとられているということである。
次の頁では本シリーズの本丸である令和5年7月25日に開催されたビッグモーター社の取締役会での代表取締役の人事とその登記申請についての検証を行う。
では。
